戦略の古典
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」の意味と、競合分析での使い方
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」は、相手と自分の両方を知っていれば、何度戦っても危うくないという『孫子』の教えです。ビジネスでは、自社と競合 1 社を同じ物差しで比べ、わからない所を「不明」と書き出してから、どこで戦い、どこを避け、何から調べるかを決めるのに使います。
要点
- 原文は 3 つの場合を述べる:両方を知れば危うくない。自分だけなら勝ち負けは半々。どちらも知らなければ毎回危うい。
- 約束しているのは「勝ち」ではなく「危うくない」こと。自分を知ることが、仕事の半分。
- 使い方:始計篇の 5 つの項目で両者を並べ、出どころと不明点を書き、「戦う・避ける・先に調べる」を決める。
原文は何と言っているか
この一節は、謀攻篇(第 3 篇)の結びにあります。原文はこうです。
知彼知己,百戰不殆;不知彼而知己,一勝一負;不知彼不知己,每戰必殆。
当サイトの訳では、相手を知り、自分を知っていれば、百回戦っても危うくない。相手を知らず自分だけを知っていれば、一度勝って一度負ける。相手も自分も知らなければ、戦うたびに必ず危うい。
大事な点が 2 つあります。1 つ目は「殆」が危うさを表す字だということ。「百戦百勝」と覚えている人も多いのですが、原文は勝ちを約束していません。読み違えた戦いに巻き込まれない、という意味で、戦わないという判断も含みます。2 つ目は、場合が 3 つあることです。会社でよく見るのは真ん中の「自分だけ知っている」状態で、結果は五分五分。そして意外に多いのが最後の「どちらも知らない」状態です。競合の機能は言えるのに、自社の顧客がなぜ解約するかは誰も知らない、というチームは珍しくありません。
一緒に使う 3 つの考え方
この一節は、第 1 篇から続く議論の結論です。次の 3 か所を合わせると、手順として使えるようになります。
| 出どころ | 内容(要約) | ビジネスでの読み方 |
|---|---|---|
| 五事(道・天・地・将・法)、始計篇 | 民が上と同じ志を持つか、季節や天候、地形の遠近・険しさ・広さと生死を分ける地、将の智・信・仁・勇・厳、組織と役割と物資の管理 | 目的への共感、時機と外部の条件、戦う場所、指導者の質、組織の回り方 |
| 七計、始計篇 | どちらの君主に道があるか、将が有能か、天と地の利を得ているか、法令が守られているか、兵が強いか、よく訓練されているか、賞罰が明らかか | 7 つの問いに「自社・相手・互角・不明」で答える採点表 |
| 虚実、虚実篇 | 兵の形は水に似る。水は高い所を避けて低い所へ流れ、兵は実(充実した所)を避けて虚(手薄な所)を撃つ | 相手が手薄で自社が強い所で戦い、相手の強みは回り込む |
謀攻篇には、勝ちを見分ける 5 つの条件もあります。当サイトの言葉でまとめると、戦うべき時と戦うべきでない時を知る、大きな兵力と小さな兵力の使い方を知る、上と下が同じことを望む、備えて備えのない相手を待つ、将が有能で君主が口を出さない、の 5 つです。計画の最後の確認に使えます。
向いている人、向いていない場面
商談やレビューで同じ競合の名前が何度も出る創業者、プロダクトの責任者、マーケターに向いています。すでに強い相手がいる市場に入る前や、相手が反応しそうな値付け・発売の前にも使えます。
業界そのものが儲かるかを見るなら、ポーターの 5 つの力のほうが合います。営業が商談の直前に見るバトルカードとも役割が違います。こちらは「会社としてどこで戦うか」を決めるための比較です。
進め方
- 勝負の場と決めることを書く。両社がどの顧客を取り合っているか、この比較で何を決めるかを、それぞれ 1 文で書く。
- 両社の事実を出どころつきで集める。相手のサイト、レビュー、自社の受注・失注の記録、社内のデータなど、出どころと日付を事実ごとに書く。自社についても、相手と同じ種類の事実を集める。
- 五事を両社並べて埋める。目的への共感、時機、戦う場所、指導者、組織の回り方について、両社のわかっていることと、どちらが有利かを書く。わからない所は「不明」と書く。
- 七計に答える。「どちらのチームが約束どおりに出荷するか」のように自社の市場の言葉に直し、「自社・相手・互角・不明」と出どころを書く。
- どれだけ知っているかを判定する。両社の「不明」の数を数え、両方を知っている・自分だけ知っている・どちらも知らない、のどれに当たるかを書く。
- 相手の実と虚を書き出す。証拠のある相手の強みと、手薄な所を並べる。手薄な所それぞれに、証拠のある自社の強みを組み合わせる。埋められない穴は外す。
- 戦う・避ける・先に調べるを決める。相手の手薄な所と自社の強みが重なる所で戦い、相手の強い所は避ける。不明点に頼る機会は「先に調べる」に回し、最後に 5 つの条件で確かめる。
- 調べる計画を書く。判断を変えうる不明点を上から 3 つ選び、調べ方、担当、期日と、判断を見直す日を書く。
小さな例
説明のための架空の例です。カフェ向けの在庫管理ソフト「パントリー帳」は月 2,900 円。競合の「ストックスタック」は月 4,900 円で、仕入れ先への発注機能があり、パントリー帳にはありません。1 店舗のカフェとの商談では 9 件中 7 件で勝ち、3 店舗を持つカフェでは 5 件中 4 件で負けました。負けた理由はどれも発注機能です。ストックスタックの直近のレビュー 20 件のうち 6 件が、サポートの返事が遅いと書いています。パントリー帳は社員 6 人、資金は 18 か月分。ストックスタックは社員がおよそ 40 人です。
並べると、有利な場所が店舗数で分かれます。1 店舗はパントリー帳の地、3 店舗はストックスタックの地です。発注機能は相手の実、価格とサポートの速さは虚に見えます。判定の段階で、思わぬことがわかりました。パントリー帳は自社の解約理由を知らず、「どちらも知らない」に近かったのです。結論は、今期は発注機能を作らず、1 店舗のカフェで価格とサポートで勝負する。次の見直しまでに、最近解約した 8 店に電話する、です。
よくある失敗
- 相手ばかり調べる。表の半分は自社のことで、たいてい不明が多いのもこちらです。
- 勝ちの約束だと読む。原文が約束するのは、読み違えないことです。戦わないという結論も立派な結果です。
- 空欄を印象で埋める。「たぶん対応が遅い」は事実ではありません。「不明」と書き、確かめ方を添えます。
- いちばん目立つ強みに正面からぶつかる。誰もが話題にする機能は、相手の高台であることが多いものです。
競合の発表に振り回されているときは、まず五輪書の「観の目」で状況を見直します。自社の強みと弱みを整理するなら、SWOT と TOWS も役に立ちます。
出典について
『孫子』は、春秋時代の末の将軍・孫武(伝統的な生没年は紀元前 544〜496 年)の作と伝えられてきました。立命館大学の研究者は、この書が映している思想を紀元前 5 世紀ごろのものとしています。ただし成立の時期と作者には諸説あり、戦国時代の成立とする見方も多くあります。同じ研究者は、孫某を中心とした学派による書と考えられるとしています。原文はパブリックドメインです。このページの現代語訳はすべて当サイトが原文から訳したもので、特定の訳書によるものではありません。このページは独自の解説です。
よくある質問
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」の意味は?
『孫子』謀攻篇の一節です。相手と自分の両方を知っていれば、何度戦っても危うくない。自分だけ知っていれば勝ち負けは半々、どちらも知らなければ戦うたびに危うい、という 3 つの場合を述べています。
「百戦百勝」という意味ですか?
違います。原文は「不殆」で、危うくないという意味です。勝ちを約束するのではなく、読み違えた戦いに巻き込まれないという意味で、戦わない判断も含みます。
ビジネスではどう使いますか?
自社と競合 1 社を同じ項目で並べ、事実には出どころを書き、わからない所は「不明」と書きます。そのうえで、相手の弱みと自社の強みが重なる所で戦い、相手の強い所は避け、判断を左右する不明点から調べます。
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この手順を AI に任せるためのスキルが「彼を知り己を知る」です。材料を渡すと、AI が同じ手順で進めて、決まった形にまとめます。
Claude、ChatGPT、コーディングエージェントで使えます。ポッドに入れると、チームの全員が同じ版を使います。
出典
- 『孫子兵法』原文(Wikisource) — 始計篇・謀攻篇・虚実篇の原文 (閲覧 2026-11-04)
- 立命館大学文学部 教員コラム(石井真美子) — 孫某を中心とした学派の書、春秋時代末期(紀元前 5 世紀)頃の思想を反映 (閲覧 2026-11-04)
- The Art of War(Gale, Literary Themes for Students) — 孫武の伝統的な生没年(紀元前 544〜496 年)、作者をめぐる諸説、戦国時代の成立とする見方 (閲覧 2026-11-04)